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miteranの日記

好きなものについて 感情の昂ぶりをしたためるブログ

小説の中の「ザ・雑談」な会話ってツイッターぽい 恩田陸とかさ。

読書 かんがえごと

 

私が中学生の頃好きだった作家は、恩田陸でした。

彼女の作品って、登場人物が延々と雑談するシーンが多いです。

おそらく一番読まれているであろう「夜のピクニック」は、様々な思いを抱えた高校生たちが夜歩きながら延々おしゃべりしている話です。ギムナジウム文学とも言える「ネバーランド」は男子高校生が冬休みのほとんど人気のない寮で延々おしゃべりしている話です(ちなみに私はこの本に非常にBLみと萌えを感じる)。「黒と茶の幻想」はいい年の男女四人が山登りながら延々とおしゃべりしている話です。

 

恩田陸の作品はすごくみんなおしゃべりな気がします。多分、恩田氏は普段から自分がぼんやり考えていることを、キャラをイタコにして喋らせてる人じゃないかなあと思うのです。そしてそういうボヤーーッとした会話は往々にしてストーリーにそんなに深く関係してないです。もちろんすべてがそうではなく、ちょっとした小話とか怪談めいた話とかもしょっちゅうしてますけど。

 

ボヤーーッとした雑談系でよくあるのが

「オレさあ、◯◯は〜〜なんじゃないかってずっと思ってたんだよね」

「あら、そんなことないわよ、それって××の勘違いじゃあないの」

「いや、そう思うだろ?でもオレは〜〜だっていう確信があったんだ」

みたいなやつです。我ながらこれ恩田節効いてるぞ。

 

この会話中で◯◯も〜〜も大してストーリー展開に役立ってないのです。キャラ付けという意味では役に立ってるのもあるけど、本当にザ・雑談!って話も多い。四コマ日常もののアニメを見てる感じ。ゆゆ式みたいな感じ。

 

特に印象深かったお話を二つほど紹介したいと思います。今手元に本がないので(本の管理苦手なのです…)、どの作品で誰が言っていた話なのかはボンヤリしております。

 

一つ目は「いわゆる『オネエ』の出世」の話です。

確かこれは「MAZE」という作品の中に出てきたはず。私オネエの定義があんまりわかっていないんですけど、彼は性別が男、心も男で、姿も男、めちゃめちゃ頭が切れて、出世街道爆進!みたいなエリートで、ただ仕草とか言葉使いが女性なんですね。で、なぜそんな女性的な振る舞いをするのかと聞かれた時にこんな感じのことを言うのです。

「私は頭もいいし、すごく優秀な人間っていう自覚がある。その上ルックスも相当な男前である。でも上司とうまくやっていくために、こういう女性的な振る舞いをしている。もし、私のような人間が『それは違うと思います。論理的にうんたらかんたら〜』って理詰めで主張すれば、それがどんなに正しいことでも、上司は首を縦に振らないだろう。ただ『それは少し違うんじゃないかね』とかなんとか、具体的な指摘に何もならないよくわからない否定をされておしまい。そして否定した本人も、何となく嫌だなあ、気にくわないなあって気持ちだけで否定しているから、この意見のどこが悪いのか一つも言えやしない。」「私は、完璧に近い人間であるってことで損をしたくない。何にもわかってないような人たちに足を引っ張られないように、女性的な振る舞いをすることが一番楽だっていうことに気づいた。上司がめちゃくちゃなことを言っていても、『ねえ、それちょっと違うんじゃないのお、あたしだったらこうするけどお〜』とか勢いでいっちゃえば、『そ、そうかもしれないな』とか言っていうこと聞いてくれるのだ。これは言うなれば上司のプライドを挫かない方法なのである」

こういったようなことがオネエ言葉でセリフとして書いてあるのですよ。思わず「な、なるほど」ですよ。思い出しながら書いててびっくりしているんですけど、こんなに覚えてるってことは読んだ時に相当印象に残ったってことなのでしょう。

 

二つ目は「道」の話。これは載っていた作品にいくつか候補があってうろ覚えなんですが、確か何作品かにわたって違う人物が似たようなことを話していたので覚えています。わかる方教えていただきたい。確か「ユージニア」と、人が街から消えちゃうあの…SFっぽいやつ……と、プー太郎みたいな呑気なキャラがちょっと不思議な事件に遭遇してあーだこーだ言う短編集、三作品くらいに出てきた話だった気がします。

「道は自分の周りに数え切れないほどある。いつも通っている道でも、一本逸れれば、全く通ったことのない道がある。道一本違うだけで、地図上ではこんなに近いのに、全く違う風景になる。地図にはちゃんと、道どうしが繋がってこういう風になっているよって書いてあるけれど、私はそれが信用できない。だってどうやったら道が繋がっていることが確かめられるのか?道は無数にあるのに。その全てを通る事なんて絶対にできない。だから私は、もしかしたら、この道はどこかで地図上にない世界に繋がっているんじゃないかと思う。もしかしたら自分が今歩いている道がそうなのかもしれない。」

 読んでる時に、「あ、またこの話だ」ってなるんですよ、恩田作品ほとんど読んでいると。なんせいろんな作品に出てくるからね、この話。物語を読みつつ、ここは恩田陸の思考がダダ漏れている部分だぞ!?というのを感じました。(確か中学生の時くらいに読んでて感じたことです)

 

私が「よく感じること」を小説の中で恩田陸っぽくキャラクターに喋らせるならこうですね。

「あたしさあ、電車に乗ってる時、向かいに座ってる人の顔じいっと見ちゃう癖があるのね。そうするとどんどんその人の持ち物とか、服装とか、化粧とか気になってきちゃって、『ああこの人はこういう人なんだろうなぁ』ってどんどん自分の中で人物像ができちゃうの。あとさ、そうやって向かい側の人の顔見てると、すごく知り合いや友達に似てる人が座ってることがあるでしょう。そうするとさ、やっぱり見ちゃうのよねえ。で、見てると相手のもそはのうちこちらを伺ってチラチラ見始めるじゃない。多分、あたしがあまりにも不躾な視線を送ってるせいだからなんだけど、なんども視線がぶつかると、もしかしてこの人も、今あたしの顔を見て、自分の知り合いに似てる誰かのこと思い出してるんだわって感じちゃうのよ。」

 

書いてみて思ったけど、これすごくツイッターっぽくないですか?もしかしたら、筆者がツイッターに書くような日常ネタを「あるある!」って言って欲しくて、小説の中でキャラに喋らせてるんじゃないかって気がしてきました。あるある!って感じてもらうたり、それを気に入った人に小説を買ってもらうことはツイッターで言ったらふぁぼですね。よしオタク女子ツイッタラーVer書いてみるか。

 

「この前電車で、クッソイケメンな知り合いに似てる人見かけてジロジロ見てたんだけど、そしたらそのイケメンも私のことスゲー勢いで見てくるからなんだなんだ?!と思ったけど、これもしかしてイケメンも私のこと自分の友達の誰かに似てるって思ってこっち見てるんじゃね??っていう結論に至った」

 

こんな感じでしょうか。132文字です。ツイッターの140字縛りはクリアしています。しかしこちらはイマイチ筆が乗りませんでした。恩田節のほうが書きやすかったなぁ。(関係ないけど文体だけ変えて同じこと言ってるコピペ思い出しました。)

 

本を読んでて、作者的「あるあるネタ」てきなのをたくさん読んでいると、なんだかその会話の内容が、本の中の書いてあったのか、友達との会話に中に出てきたのか、はたまた自分で考えたのかよくわかんなくなるんですね。ずっと自分で考えてたネタだと思っていた「〇〇論」みたいなものが、実は昔読んだ恩田陸の本に丸々書いてあった!ていうのがありまして。それって本ならまだいいのですが、ブログ読むようになってからは、ちょっと怖いなあと思います。だって、偉そうに語ったエントリに元ネタがあるってことじゃないですか。パクリとか言って炎上したらどうしよう。

私の頭がゆるいだけなのでしょうか?こういうことありませんか?

 

久しぶりに恩田陸読みたくなってきました。いつか紹介したそれぞれの本についてもエントリ投稿したいです。明日一限出れる気がしません。おやすみなさい。

 

 

夜のピクニック (新潮文庫)

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MAZE 新装版 (双葉文庫)

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ネバーランド (集英社文庫)

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月の裏側

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