読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

miteranの日記

好きなものについて 感情の昂ぶりをしたためるブログ

【考察】おねショタ悪夢SF「エヴォリューション」を見てきた【ネタバレ】

映画

 

どうもお久しぶりですみてらんです。

散々ブログ放置している間にもコメント頂いたり初のIDコールがついたりしてめちゃ喜びみてらんです。


 

f:id:miteran:20161130215500j:plain

映画『エヴォリューション』公式サイト

 

親と暮らす10歳の二コラ。その島ではすべての少年が奇妙な医療行為の対象となっている。「なにかがおかしい」と異変に気付き始めた二コラは、夜半に出かける母親の後をつける。そこで母親がほかの女性たちと海辺でする「ある行為」を目撃し、秘密を探ろうとしたのが悪夢の始まりだった。“エヴォリューション(進化)”とは何なのか...?

 

途中までぼんやり夢うつつで見ていましたが、ずっとばっちり起きていてもストーリーへの理解度は変わらなかったと思います。そんな感じ。

 

 

私が某アプリで見た感想の中に「綺麗なら内容がなくていいと思ったら大間違い」みたいなものがあったのですけど、それは違うなって思って。

個人の感想だと思いますが私はこの映画きれいとか美しいとか思わなくて、ひたすらなんだかグロテスクだなぁと感じていました。静謐さとか神々しさはあったけどね。

この映画は美しさや少年(おねショタ?笑)へのフェティシズムを描きたかったわけではなくて、そのおぞましさでこっちを屈服させようとする力を感じました。

で、内容がないわけでもなくて、メタファーまみれなだけなんだよな。

 

 

私の解釈したストーリー(ネタバレ)

ステラを始めとする女たちは背中に吸盤があり人間ではない(エヴォリューションした存在?)(妊娠できない=退化?)

彼女たちは少年を育て、妊娠させて、新たな命の受容器・保育器としての役目を少年に課している。

そのために変な薬、手術、施設などを用いて医療行為を施している。

妊娠できる少年たちもまた人間が進化した存在であると言える。

しかし失敗するともれなく少年たちは死んだり殺されたりする(?)(ヴィクトルはどうなったんだっけ?)

観覧車の絵を描いていたことから、ニコラには島での奇妙な生活以前の記憶がかすかにあり、生まれた時から島にいたわけじゃないのだろう。

ステラはニコラの本当の母親ではないけれど、ニコラへの母性が芽生えてしまい、ニコラを施設から逃がして島の恐怖から解放するため殺そうとする(?)

しかし愛情を抱いたが故に殺すこともできずニコラを元の世界へ戻す(エンディング)。

 

私はこんな話なのかなぁと思いました。

ニコラが最後現代っぽいところへ行けたのはステラの意思によるのかは意見が分かれそうなところだと思います。

 

 

 搾取される女の復讐 

私この映画見て真っ先に、作り手の抱くかつて少年だった男たちへの悪意を感じました。

特にヴィクトルやニコラが水槽に沈められるシーンで「これレイプ犯に見せてやりたいな」って思った。どんな啓蒙ビデオより聖書より効くと思う。

妊娠って怖いんですよ。社会的、身体的リスクをとることが怖い。

そしてどう頑張ってもそれを引き受けざるを得ないのは女です。

レイプされても妊娠はするし、好きな人の子供を身籠っても、それを知った相手が姿をくらまさない保証はない。恐ろしいことです。

そういう妊娠を、搾取を、恐怖を、男に与えてやりたい。

恐怖を味わわずに性的快楽ばかり得て、あまつさえそれを与える女性を蔑視しさえする、そういう傲慢な男に、思い知らせてやりたい。

怖いだろう。気持ち悪いだろう。ざまあみろ。

得体の知れない医療行為を描いたのは、こう言った女性の持つ憎しみみたいなものを表現したかったんじゃないかと思うんです。

 

この映画の根底ってフェミニズム思想がある気がします。

なぜ「女性」と「少年」なのか。

力では勝てない男を、女が支配できる関係だからです。

もしこれが男が女、ましてや少女を搾取する形をとったSFだとしたら、あまりに生々しすぎる。これは決して男が女を搾取するような痛ましさとか、ロリショタ的なフェチを描きたかった訳じゃないと思ってます。

 

 

母性とは

私これおねショタらしいぞ?って見に行ったんですけど(断っておくが別にそういう嗜好はない)、思ったより少年の年齢が高いように見えた。

ニコラは完全に子供じゃなくて、大人になる手前の(二次性徴前の)ギリギリの男って感じにしたかったのかなぁと。

 

少年や子供という存在は、庇護されるべき存在であって、ニコラたちはその庇護を受けるべき範囲内にまだいる。

少年たちと一緒にいて庇護する女たちは当然母性を持っていなければならなくて、「ママ」であるなら母性を持っているはずという先入観があるんでけど、島の女たちにはそれがないんだよね。

そこから生じる違和感が気味の悪さになってる。

 

いくらよくわからない変な島の話だからってあんなまずそうなグロいご飯食べさせるなんて母性を持っていれば到底できないじゃんって感じる。愛を注ぐ庇護すべき存在にはフツーそんなことしないじゃんって。だから、平気でグロご飯食べさす女たちのことが怖い。

 

 

女たちの夜の浜辺でのアレ

きっも!目が覚めましたね

儀式的な意味があるのかとかは多分私には考えてもわかんないんですけど、人ならざるものの気持ち悪さとそれ目撃した恐怖と女たちへの不信感を煽るには強烈すぎるほどだね。

なんかすごいあの時ばかりは鉄仮面みたいな女たちが愛欲に狂ってる感じ、怖かった。

厳格な母親像が、母親も一人の女であって性欲もあるということを理解した時に崩れる気持ち悪さみたいのがあった。そういうモヤモヤが、ニコラが思春期差し掛かりぐらいの年齢の少年であることによって引き立つなぁって。

 

 

ラストシーン

みてる時は当然ここまで明確に考えながら見ているわけじゃないのでふわっと、水の中でステラとニコラが体を重ねあってもがくシーンはセックスのメタファーなのかと思ってました。

でもステラが母性に目覚めてニコラを元の世界に送り返したと考えると、あそこは愛情の目覚めくらいに捉えたほうがいいんだろうか。

もしセックスだとしたら、かりそめの母子とはいえ保護者のステラとニコラがインセストタブーを犯したことによって、また大人の女と少年というインモラルな関係が成り立ってしまったことによって引き裂かれてニコラだけ違う世界に行ったとか?

うーんストーリーのことやっぱわかんないけどまあいいやって感じです。

 

ラストシーンは希望派です。

寒々しくて冷たい寒色の島から、白熱灯みたいな色の暖かそうなオレンジがかった夜景。

わけがわからない 不信感いっぱいの世界から解放されて、少年が少年としての受けるべき愛情を受けられる世界への帰還だよ〜…って思いましたね。

視聴者側としても島以外に世界が存在してることを最後の最後に知らされてホッとするというか、なんとも言えない安心感がありましたね。

汗びっしょりでスリリングな悪夢から目覚めた後の、ドッと疲れて安心するも、目が覚めたら覚めたで続きを見たかったような名残惜しくて切ない気持ちになった。

 

絶望派はなんでだろ??医療行為施されてるエヴォリューションの成れの果てのニコラが現代世界っぽいところで受けるであろう扱いへの嘆き?

この世界では寄る辺のないニコラがかわいそう?一瞬でもステラの優しさに触れたのに来てしまった分かれへの悲しみ?

 

 

 

見てきたけどそれちげーわ(怒)とかパンフにはそんなこと書いてねーわ(怒)とかあったら教えてくださると喜びます。

見てる時より見終わってからが楽しい映画だったなあ。

あとこれ完全に蛇足だと思うんですけど言わせてください、エヴォリューション、いうほど映像美か???ジメジメしてなんか気持ち悪かった

 

 

 

 

「しまなみ誰そ彼(2)」感想 男の娘だと!?

漫画

 

どうもみてらんです。しまなみ誰そ彼2巻読みました。

f:id:miteran:20161015000134j:plain

 

表紙かわいい!カラーリング最高です。右の男の子がお化粧すると左の美少女になるよ。すごいね。

 

自らがゲイであることを告白したたすくと、彼の思いを受けとめた「談話室」に集う人々――そのメンバーの一人の美空秋治は、「談話室」の中でだけ女装をしている小学生男子。自分はどうなりたいのか、なぜ女装をしたいのか…何もわからないという美空を、年上の友人として導こうと決意したたすくは、尾道の花火大会へ女装した美空と一緒に行くことを提案したが……? 尾道を舞台に鎌谷悠希が描く性と生と青春の物語、第2集。

 

1巻の時はひたすら「自分の周りの小さな社会の中で秘密がバレる恐怖」と「苦しんでる男の子、萌える」っていう話ばかりしていた気がするんですけど、 2巻ではよりトランスセクシャルジェンダー?のお話なんだなって意識しました。話の根幹にあたるテーマは頭に置きつつ、やっぱりどうしても私にとってこの漫画のテーマは「秘密バレ怖い」と「萌え」なんですよね……邪な心で読んでる。

 

 

釣り眉タレ目かわいいっていう話をさせてくれ。

LGBTとか、自分の性対象が何かっていうのは性的指向

脚フェチとかSM好きとかは性的嗜好

性的指向に悩む少年が主人公なのに、これを読んで私は自分の性的嗜好をまざまざと認識させられています。まずね、釣り眉タレ目。これがイイ。椿くんかっこいい。

釣り眉タレ目キャラってガタイがいい人も多い気がします。

これがバレー部エースの椿くん… 

f:id:miteran:20161015004116j:plain

他にもこの人とか、

f:id:miteran:20161015004230j:plain

この人とかね…。

f:id:miteran:20161015004409p:plain

見た目の色っぽさに反してバカだったり真面目だったりしても文句なしに可愛いからこれ系のビジュアルは強いですね。男らしさ正義ですね。

 

 

今後が怖い。

話を戻しましょうか。この椿くん、2巻になってからやたらとたすくに絡んでくるんですけど、普通に爽やかな絡みなんですけども私はこの人が怖い。男(たすく)が自分に好意を向けているってわかった時、今までみたいに普通に接してくれるとは思えません。すっごく憎まれると思う。どう転んでも予想できる展開が辛すぎるんですよ。

たすくが椿くんと同じ委員会っていうわずかな接点しか持っていなくて、そこからちょっと話せるようになってもテンパっちゃう感じとか、会話の後に「今の自分きもかったな…」って思う感じとか、すごくリアルなんですよね。そのたどたどしさや、相手を見ているだけで少し嬉しかったり、話しかけられてドギマギしちゃう、そんな瑞々しい感情の推移を全部ぶち壊しにされるんじゃないだろうか。私はただただそれが怖い。

学校の友達にゲイバレすることもだけど、そうなった時に「バレた」っていう事実だけじゃなくて、そこでの身の振り方をどうするか考えなくちゃいけないのも絶望的だと思います。

自分をごまかし続けて、好きな気持ちを封じ込めて、それで「ホモとかありえないわー僕はそんなんじゃないわー」って笑って過ごしてても心はズタズタになるんですよ。辛すぎる。地獄だ。

 

 

男の娘!?

2巻では、1巻で談話室にいた美少女が実は男の子だったことが判明します。これが表紙の美空さん。

美空さんは談話室でのみ女装して過ごしてまして、2巻はいきなりその女装シーンから始まります。これが「変身」してるっぽくてすごくときめく。セーラームーンおジャ魔女どれみも変身シーンはテンション上がるもんです。私は特にお化粧エンジョイ勢なので、お化粧シーンの高揚感と言ったらすごいです。三白眼のそばかすボーイが、カラコンしてマスカラしてお目目キラキラぱっちりになって。お化粧の醍醐味や〜。

美空さんはきゃるるーんって感じの自分の可愛さ売りにしているタイプではなくて、クソ生意気なズケズケものを言う男の子です。その子がお化粧しているという事実がかわいい。

美空さんは小6ってことで自分の性的指向もわからないし、成長したら女装似合わなくなるのかなあとか悩んでる。

身体っていう自分とは切っても切れないものが、自分の意思に反して変わっていく。そう思うと怖すぎる…。女装男子のそれが理解できるわけじゃないけれど、成長する自分がキモいというのはなんとなくわかります。なんだろうな、初めて生理が来た時の気持ち悪さというか、なんとも言えないいたたまれない気持ち、あの感覚なんでしょうかね。性の場に引きずり出される気持ち悪さ。保健体育の授業とか死ねばいいって思ってました。女子だけ視聴覚室に集められるやつとか。ランドセルから小さなポーチを取り出すのを見られないようにコソコソしなきゃいけない感じとか。プールの授業で不意に見えちゃったクラスの女の子の脇毛とか(女にも脇毛映えるって知らなかった)。思い出すだけで気分悪いあの感じウワァァァァァァ。

 

関係あるようでない話なんですけど、子役とか芸能人たちって加齢とともに劣化したとか言われるじゃないですか。あれクソむかつきませんか?こんなこと言うのもなんですけど自分も中高にかけて割と劣化した自覚あるんで、劣化って言葉の残酷さ半端ないと思います。

 

 

恋い焦がれる感じ、いいね

f:id:miteran:20161015022002j:plain

生々しい。恋ってそうだよね。かっこいい、可愛い、もっと見たい、知りたい、触りたい。そういう気持ちの集合体だ、なんてわかりやすいんだろう、忘れかけてましたこんな単純なことを… 

 

 

「決めると決まっちゃう」

新しい建物の使い道をどうしようか、ってたすくが悩んでいる時に何度か出てくる印象的な言葉です。

これは何を指しているのか。建物のことだけじゃないと思うんですよね。若者のモラトリアムとか、今まさに性指向が分かりかねている美空さんとか、いろいろ。

「決めると決まっちゃう」と似たような感覚として、「始めたら終わっちゃう」っていうのがあるような気がします。ネガティヴな思考だと思うけど、面白い本を読んでいる時に残りページがどんどん少なくなっていく寂しさ、あとこれしかないの!?もう終わっちゃうんだ…っていう気持ちを思い出しました。あ、あと私はディズニーに行くと昼過ぎあたりから「もうすぐ暗くなっちゃう…帰るのめちゃくちゃ寂しい…」っていう名残惜しさで胸がいっぱいになっちゃうタイプです。

若い時に決めたことが正しいことだとは限らないし、下手に大きな決断をしちゃうと後々ポッキリ折れた時に逃げ場がないっていうのはありますよね。自分が「決めた」って思いすぎるあまり、行動をその決断に寄せてっちゃう怖さとか、決断にがんじがらめになる怖さもあるし。何もかも納得いくように決められるわけじゃないんだけら、今はまだ決めなくてもいいよっていうゆるさが談話室の救いなのかも。

多分大事なのは自分の性指向を完全に理解したり決めることではなくて、なんかよくわかんない状態でも病まないで「これでいいや」って悠長に構えていられることなのかなって。そうできるかは環境や周りの人によるところも大きいと思うけど。

たすくはあの建物を何にするんだろうか、気になるなぁ。

 

 

痴漢ダメ絶対

美空さんが浴衣着てたすくとお祭り行くのが、初めて外で堂々と女装をする機会だったんですよ。そこですれ違いざまにお尻触られるんです。で、美空さんは激怒するんですけど、たすくは「美空さんが可愛かったから痴漢したんだよ」とかわけのわからない理論かましてくるんですね。ふざけんなと。それお前女の子に言えんのかと。女装男子だから可愛いって思われて、女の子に間違えられてすごいじゃんみたいなニュアンスですよね。これはキレていいですよ美空さん。たすくに悪気がなかったのもわかるんですけど。

で、可憐な浴衣姿でブチ切れてお祭りの喧騒の中怒鳴りまくるんですね。

f:id:miteran:20161015021820j:plain

私も何度か経験あるんですけど、すれ違いざまの痴漢ってマジでムカつくんです。あの感情のリミッターがぶっ壊れる感じすごく身に覚えがある。怒りでアドレナリンでまくって普段考えられないような大声でるんですよね。動揺したり怯えたりしているあの状態でヘンテコな理論かまされたらそりゃキレるだろうなと思いました。

 

感情のままに書いてたらなんだか言葉使い悪いし憤怒!って感じの記事になっちゃいましたけどしまなみ誰そ彼はこんな粗野なお話じゃないです。冒頭カラーの塗りとっても綺麗だったし、感情表現の演出がキレイ(イケメンアニメにおけるイケメンパウダー的な)(ちょっとくどいのは否めませんが)。金魚っていうモチーフの効果とか。お祭りのシーンのセリフのない2ページのコマ割りとか。達者だなぁと感心するばかりです。

 

しまなみ誰そ彼 2 (ビッグコミックススペシャル)

しまなみ誰そ彼 2 (ビッグコミックススペシャル)

 

 

 1巻感想はこちら

miteran.hatenadiary.jp

 

 

【ネタバレ】花井沢町公民館便りの時系列を考察・整理してみた(2)

漫画

 

第二弾。希と総一郎のお話にスポットを当てていきます。

第一弾はこちら→【ネタバレ】花井沢町公民館便りの時系列を考察・整理してみた(1) - miteranの日記

 

希と総一郎が登場する話は2055年の事故から200年前後経っていると予想されます。

 

時系列メモ(2)希と総一郎、花井沢町が終わるまで

【10号】

希の母、勇希が希を生んだ経緯について書かれた日記を見つける。広睦が勇希をレイプしてできた子供が希である。境界内では堕胎手術ができないため、勇希は希を仕方なく生むが、出産後に自殺したことがわかる。

【7号】

希と総一郎メアド交換する。希14歳、総一郎は一つ年上で15歳。来週希は15歳になる。「他の生存者にもケータイを配ってるらしい」とのセリフから、この時は他にも花井沢に住民がいた模様。

【8号】

希、20歳になる。希宅に侵入していた男は広睦(希の父親)だと思われる。

【18号】

広睦が自殺しているのを発見。「とうとうあたしとあばあちゃんの二人だけだよー」との発言あり。図書館にあった「町の記録」と、母親=勇希の日記を燃やす。総一郎が大学生であることがわかるため、希=20歳、総一郎21歳と予想。

【14号】

総一郎のLINE画面より、希のおばあちゃんの具合が悪いことが分かる。また別のトークルームにて総一郎がゼミの仲間とLINEしているので、希=21歳、総一郎=22歳と予想。

【1号】

希のおばあちゃんが死に、希が花井沢の最後の一人になる。

【最終号】

希と総一郎、家を建てる。

 

以上が希と総一郎の時代のまとめです。

 

 

疑問点・気づいたことまとめ

「たべのすけ」の住まいと名前

5号のおしゃれマン、たべのすけことタカくんは冒頭で一人ぐらしを始めます。その家はなんと3号(カレー祭りと泥棒のお話)で落書きされていた犯人の家。空き家だから丁度いいと言って住もうとするタカに対して、何やら父親は「だからってここじゃなくても…」と複雑な様子。タカの「ここに住んでた人ってどうしたの?」の問いにも「…知らん」と。

また、3号で犯人逮捕に乗り出す少年と、タカの顔が似てるんですよね。この二人もしかして親子なのでは?と思いました。父親は犯人の家に苦い思い出があるから、息子が何の因果かその家に住むことに抵抗があるのかもしれません。

3号の少年の苗字は「曽部」です。タカのネットでの名前がたべのすけなのは、「カ」「曽部(そ)」でたべのすけなのかなぁ。考えすぎ…?

泥棒の家↓

f:id:miteran:20160930003855j:plain

タカが住もうとしている家↓

落書きは消されているものの、門や窓などの作りが全く同じです。

f:id:miteran:20160930003722j:plain

 

泥棒を探す少年(曽部)↓

f:id:miteran:20160930003627j:plain

 

「たべのすけ」ことタカ↓

f:id:miteran:20160930003629j:plain

…顔似てる!!!!! 

 

 

MIS UNDERSTANDSにまつわる人たち

【2号】

エマあいかはMIS UNDERSTANDS(通称ミスアン)のファン。境界ギリギリで開かれた慰問コンサートに行く。エマが読書家であることに触れられている。

【1巻書き下ろし「エマとあいか」】

エマ、ミスアンのポスターを剥がして押し入れにしまう。エマが日記を書いていることにあいかが言及。「それぇーのちのち子孫に発見されてつらくない?」

【1巻初版限定小冊子「第2号 その後」】

ミスアンのファンをやめようとするも、なんだかんだ録画を見直しちゃったりする二人。エマ「日記に書きなぐって忘れる」 あいか「だから日記とかいつか孫とかに見られるからね」

【12号】

小説家のセンセー、祖母のアイドル写真集を見つけたことをエッセイに書いていたがインタビュアーの発言により判明。

【3巻書き下ろし「エマとセンセー」】

センセー、押し入れからミスアンの写真集を見つける(=かつてエマがしまいこんだもの)

【最終号】

総一郎のひいおじいさん(ひいひいおじいさん?)がアイドルだったことが判明

f:id:miteran:20160930005854j:plain

↑総一郎

↓ミスアンメンバー(こーちゃん?)

f:id:miteran:20160930010256j:plain

…顔似てる!!!!! 

 

 

おわりとはじまり

3巻の一番最後に収録されている書き下ろし、「おわりとはじまり」。これの意味するところは何なのでしょうか?人を仮死状態にすれば境界を超えられるのではないかという実験について政府が話し合っています。

f:id:miteran:20160930011133j:plain

これが最終号の後、物語の一番最後に描かれている意味は、こう考えられないでしょうか。物語のラスト、政府が希を境界の外に送る決断をしたと。このコマの彼女、中井は実験に対する批判を押し切り、希を総一郎と会わせることを望んでいます。

では、一体何の「おわりとはじまり」なのか。これは、隔離された「被災地」花井沢町のおわりと、総一郎と希の新しい生活のはじまりだと考えます。

 

……総一郎と希の新しい生活???

希は最終号のラストで行方をくらませた=自殺したんじゃないの?と考えている方、ご安心ください。(私も最初はそう思いました)

f:id:miteran:20160929195834j:plain

希、境界の外に出てます。

出てます。

出てます。

 

まさかの表紙でネタバレ。この境界注意って字が書いてある方が、境界の外なんです。

f:id:miteran:20160930012134j:plain

16号、パンツを盗まれたマッチョ(境界の中)と、そのお隣さん(境界の外)の交流を描いた16号。境界の外に住んでいるはずのお隣さん家族は字が書いてあるほうにいますよね。

 

それを鑑みると、心なしか3巻表紙の希が微笑んでいるように見えませんか?

最終号のラストで総一郎に何も言わず消えたのはきっと境界を越える実験をしに行ったんじゃないかと思います。

 

 

17号のお医者さんと大貴くんの話にモヤる

将来は医者になりたいと言って、境界間際に派遣される森澤医院を積極的に手伝う少年、大貴。その話がとてつもなく意味深なんですけど、ちょっと意図を汲み取りかねています。

 白河(女医)「先生はあの子のことどうするつもりなんですか ……何かあってからでは遅いんですよ……」

森澤「ただ手をこまねいているわけにはいかんだろう 誰かが犠牲にならないと

 この犠牲ってなんなんでしょうか。もし大貴が医者になること=大貴が犠牲者だと言っているのだとしたら、白河の「何かあってからでは遅い」という発言は、「町内で誰かが病気・怪我をした時に無許可で医者をやっている大貴が問題を起こしたら大変だ」と言っているようにとれます。でも、大貴は医者になりたがっているので、町内で医者の役割を担うことが「犠牲になること」だとは思えないんですよね。無許可で医者やってる大貴の患者になる人=犠牲者という意味なのでしょうか?

もう一つ考えられるのは、大貴が人間を境界の中から外に送る実験の被験者になること=大貴が犠牲になること だと考えられます。

森澤は医者を目指して懐いてくる大貴を利用して被験者にしようとし、大貴の身を案じる白河はそれを止めていることになります。しかし、書き下ろしの「おわりとはじまり」で、実験は行われていないことがわかるので、「何かあってからでは遅い」という白河の心配は杞憂に終わったと考えられます。文脈的には何もおかしいところはありません。

でもかなりそんな実験をするとしたらかなり大規模な病院が立ち会うだろうに、森澤医院って町医者っぽいんですよね(はっきりとした描写はありませんが)。しかもそんな実験をする提案がされ始めるのは希の時代になってからだとすると、大貴の生きる時代で実験をしようという動きがあったのかすらも怪しいです。

 

 

19号のカラオケJK三人組について邪推しすぎた

f:id:miteran:20160930015703j:plain

 この「マジだしーうち医者だから跡継がなきゃだしー」って言ってるのがサワコです。私は最初、前述の17号の女医、白河=サワコの将来だと考えたんですね。ちょっと顔似てるし。

f:id:miteran:20160930020213j:plain

f:id:miteran:20160930015834j:plain

上の前髪なし下まつげの綺麗めお姉さんが白河。で、右端の子がサワコなら、なんとなく雰囲気似てるし納得だったんですけど…真ん中の子がサワコでした。いや似てなさすぎだろ……サワコはタレ目だし全然顔違いますやんっていう。ちなみに白河似の右のクール系の女の子はサナです。

どうしてもこの子たちのうちの一人が医者を継ぐっていう設定が気になるんですよね。なぜわざわざそれを書いたのか?と。かなりこじつけて考えると、17号に出てくる森澤医院=サワコの家の病院っていう解釈もありかなあと。サワコのサワは、森澤のサワかもしれないし。そうすると17号の大貴くん被験者説はほぼ消えますね。(さすがに事故から数年しか経っていないのに人間を仮死状態にして境界をくぐらせるような過激な実験はしないと思うので…)

 

 

まだわからないところもあるし、このコマのモブって誰かの子孫なのでは?とか、成長したあの人なのでは?とか、なんとかして完璧な年表を作りたくて必死こいてましたが、ダメですね。わからないもんはわからないです。

 

ここ違うよーとかそうだよーとかこんな考えもあるよーとかここがわからないんだよねーとかあったらコメントくださると喜びます(;_;)マジでわかんない。

 

 

その1はこちら↓

【ネタバレ】花井沢町公民館便りの時系列を考察・整理してみた(1) - miteranの日記

 

その他考察など↓

君の名は。を二回見て気づいたこととか - miteranの日記

なんくる姉さん(1)の感想とか。 - miteranの日記

 

 

 

 

 

 

 

【ネタバレ】花井沢町公民館便りの時系列を考察・整理してみた(1)

漫画

 

花井沢町公民館便り、完結しましたねー。

SF的な設定と対照的な人々の日常の生活が描かれた本作品は、設定の重みを損なうことなくそこで生きる人々のどろどろした感情を映し出しています。絶望はてんこ盛り、時々、希望もあり。

 

f:id:miteran:20160929195834j:plain

2055年。わたしたちの町・花井沢町は、あるシェルター技術の開発事故に巻き込まれ、外界から隔離されてしまいました。どこにも行けず、誰もやってこない。遠くない未来、いずれ滅びることが約束された町で、わたしたちは今日も普通に生きています。

 

コミックには花井沢町が隔離されてからの様子が、1話1話時系列がバラバラに収録されています。巻を飛び越えてつながるお話もありますし、隔離された小さな町の出来事なのでコミュニティが小さいため、時代をまたいで人と人との繋がりが出来るお話もあって、なかなか全体を把握するのが難しい作品です。

あっちこっち読み返したりメモを取りながらざっと整理してみました。疲れた。

 

 

時系列メモ(1)

【2055年5月14日〜15日】

カラオケに行く女子高生三人組、リホ、サワコ、サナ。花井沢町に住むリホは、家にいる小さな弟に出先から誕生日のメッセージを送る。オールで遊んで帰ろうとした朝方、「事故」が起こる。タイミング悪く花井沢を離れていたリホはもう二度と家には帰れない。 (3巻19号)

2号の主人公であるエマあいかの誕生年。

【2055年】

境界で政府の陰謀論を叫ぶちょっとイっちゃってるおじさん「許さないおじさん」。そのおじさんを諭して眺めたのはあいかの父である。あいか8ヶ月。事故からまだ間もないことが「きっと壁はすぐなくなる」というあいかの父の発言から分かる。(3巻15号)

【2058年】

花井沢町内に泥棒がいるのでは?という疑惑が起きる。自粛ムードもそろそろ終わりにしようとカレー祭りが開催される。カレー祭りの最中泥棒を捕まえるも、隔離された小さな町の中で犯人は村八分になってしまう。いたずら書きだらけの犯人の家を見て本当にこのやり方は正しかったのかと葛藤する主人公の少年。あいかの苗字が岡本であることが判明。(1巻3号)

【2070年】

エマあいかが中三なので事件から15年ほど経っていることが分かる。花井沢町の人々を元気づけるべく、アイドルグループMIS UNDERSTANDSのコンサートが開催されるも、「皆さんのつらいこと悲しいことに負けない姿勢 すばらしいなって ぼくらのほうが勇気もらっちゃうなって」などの発言に対し、「『勇気』とかあげてないのに勝手にもらわないでほしい」とシラける二人。 (1巻2号)

【2088年】

事故から33年経っていることが明示されている。このあたりから親は外の世界を知っているけど、その子供世代は生まれた時からずっと花井沢におり、いわゆる「内世代」が当たり前の世の中になっていく。おしゃれ大好きマン、タカはネットで「たべのすけ」を名乗る人気者。外に出られないため実際に服屋で買い物をしたことがないのがコンプレックスで、ネットでは花井沢民であることを隠している(都内の大学生だと嘘をついている)。30年前(3号)から始まったカレー祭りは今も続いており、手伝いに行ったらテレビ中継に映ってしまい、ネットのアカウントが炎上。(1巻5号)

【2138年】

カレー祭りのお知らせの張り紙に「第8?回」と書いてあることから、初回から少なくとも80年は経っていることがわかる。コバシさんという女性からのストーカー被害に怯える青年、春樹。自警団は春樹が男であることを理由にストーカーについて受け流してしまう。春樹は突然襲われ、それを目撃した春樹の母がコバシさんを殺してしまう。ストーカーや殺人と行った犯罪でさえも町の中で完結してしまう世界の恐ろしさに絶望する春樹。(1巻6号)

 

ここまでが、明示されていたり登場人物の年齢を計算することによって導き出されるはっきりとした時系列です。以下はいつ起きたかはわからないのですが、だいたい登場人物の若者はみんな生まれた時から外世代なのではないかという推測により、2100年〜のお話である可能性が高いです。

 

時期がはっきりしない出来事

【3巻16号】2055〜2060年くらいの話かも?? 事故当時の世代

パンツが盗まれるマッチョ。壁の外のお隣さんとバーベキュー。全然関係ないけどヤマシタ先生はパンツをひらがなで「ぱんつ」と表記することにこだわりがおありなのか??ヤマシタ先生の「ドントクライ、ガール♡」を彷彿とさせる隠し芸(物理)。

事件からそんなに時が経ってないと思ったのは、境界のすぐ近くに人が住んでいることと、話の雰囲気が重々しくないこと。境界付近が厳戒態勢でないことから、事件直後ではなく1〜2年経ったくらいかと予想する。

 

【1巻4号→2巻9号】事故時代の子供の世代?

 4号では小学生男子三人が、キスをしている百合カップルのエーコとさおちゃんを発見。なぜか一緒にヘビ退治をする。

11号ではエーコさおちゃんは25歳になり同棲している。当時二人とヘビ退治をした小学生の一人であるたけるは19歳に。徐々に人口が減少してゆく花井沢町。「生きがい」が欲しい、お母さんになってみたいと泣くさおちゃんに、エーコはある提案をする。

 

【2巻13号】事故時代の子供の世代?

エロいお姉さんが町内でエロい商売をしてるんじゃないかと勘違いしてワクワクしちゃう童貞二人組、リュータシンペイの話。花井沢町ってピザもマックも出前取れるらしいよ。どっちがリュータでどっちがシンペイかわからないのだが、そのうち一人が4号に出てくる小学生に顔が似ており、同一人物ではないかと思われる。そのため、たけるリュータ(シンペイ?)は同い年と考え、2巻9号と13号はほぼ同時期だと予想する。

 

【2巻12号】事故時代の孫の世代?

小説家、宮内鈴(センセー)は花井沢町内で図書館を経営する小説家。ある日文芸賞を受賞し、ネットを通じてその受賞スピーチをする。

センセーは2号の主人公エマの子孫。インタビュアーがセンセーのエッセイについて触れるが、「お祖母さまの持ち物だったアイドルの写真集をめぐる回では…」とあり、MIS UNDERSTANDSのファンであったエマのことを指す描写がある。(3巻書き下ろし「センセーとエマ」にて裏付けされている。)また、2号ではあいかエマに「エマ たまに言葉ババアだよね 本読みすぎじゃん」と言っており、エマの代から本好きの家系だったことがわかる。センセーの年齢を30歳、エマとセンセーの年齢差を60歳と仮定すると、この話は2145年の出来事である。

 

【2巻11号】事故時代の孫の世代?

 間宮香帆が外の世界の人からネットでパン作りを教わって、花井沢町にパン屋を開く。広場の慰霊碑の前で「祖父母の代からお参りは必ず」という女性が登場するため、12号とだいたい同時期ではないかと予想。

 

 

 以上が物語のだいたい3分の2くらいのまとめです。

このほかに希(花井沢町最後の一人)を軸にした話が数話ありますが長くなるので次の記事にまとめます。

希が出てくる時代の話は花井沢が荒れ果てており、「200年で滅亡する」と言われていたことから2255年前後の話になり、本記事のまとめからだいぶ時が経っていることが各話扉絵の公民館前の荒廃度によって分かります。

比べてみたところ、希が出てくる話と、それ以前の話では目に見えて荒れ方が違います。しかし本記事にまとめてある分は100年ほどにわたっていると予想できるにもかかわらず、公民館前の様子はほぼ変わらないので、そこから時期を判定することはできませんでした。

 

その2はこちら↓

【ネタバレ】花井沢町公民館便りの時系列を考察・整理してみた(2) - miteranの日記

 

 他にも色々考察してます↓

君の名は。を二回見て気づいたこととか - miteranの日記

 

花井沢町公民館便り(3)<完> (アフタヌーンKC)

花井沢町公民館便り(3)<完> (アフタヌーンKC)

 

 

 

メンヘラには十戒が役立つかもしれない話。

かんがえごと

 

はじめてスマホから書くよー。

最初に言っておくとわたしはキリスト教の回し者とかじゃないし、洗礼も受けてないです。しかも自分の解釈入ってるので専門家の人には適当なこと言ってごめんなさいって先に言っとく。

 

f:id:miteran:20160928120921p:plain

 

「十戒」ってあるじゃないですか。それの第一戒はこんな内容です。

「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」

これはね、心の一番深い部分に神以外を入れちゃいけないって意味です。

って言ってもよくわかんないと思うけど。

 

人は誰しも心が何層にもなっていて、その層を深部に向かうにつれて、ここまでは知人が入れるところ、ここまでは友人が入れるところ、家族が、恋人が…ってなっていると思うんですね。その一番最深部、核(コア)の部分には神以外を入れちゃいけないよーっていう教えらしい。

 

 

そこになにか別のものを入れちゃうと、それに支配されちゃうそうな。

 

例えば承認欲求をブログのPVの多寡で満たす人がいるじゃん、モテやセックスに求める人もいるじゃん、仕事に求める人も。そういうのって、PVや異性や仕事がわたしたちの人生に絶大な影響をや支配力を持ってしまう。

 

 

一時的にそれで満たされても、それによって傷つけられることが大いにある。

わたしたちを傷つけうるのは、自らがコアに招き入れてしまったものなんだね。

 

 

なんかそういう風に振り回されてるのって嫌だなーって思った。メンヘラはさ、自分のコアに他人を入れすぎちゃうんだろうね。

そのせいで苦しい思いして、嫌な思いして、それでもすがるのをやめられなくて、病む。そういう生き方するくらいなら、コアに神を居座らせて他になんにも入れなければいいんじゃない?

 

 

神は、私たちを絶対に傷つけない。メンヘラのことも傷つけない。

仕事は、人間は、栄光や名誉は、わたしたちを簡単に傷つけるよ。それを自分の中で大事にしすぎると。

 

 

ある種のメンヘラは人と関わると、周りの人もどんどん辛くさせると思うけど、神ならメンヘラに執着されても痛くもかゆくもないんじゃないかなって思いますね。

なんてったって神だから。笑

神は人の言動を否定しても存在は否定しないんですよ、すごくないっすか。わたしもそういうの目指してます。

たまに、「罪も憎んで人も憎む」みたいな人いるけど、そういう人って大嫌い。

嫌なことの程度や頻度によるとは思うけど、嫌なことがあったらその要因の人間をすぐ否定するのって最低だと思う。

 

 

「自分の核には常にあなたを傷つけずあなたの存在を肯定する存在(神)を入れよ。」

 

 

ふむ。

 

 

わたしの人生に波風を立てるようなことをコアに入れない。

ちょっと嫌な態度取られても、なにかうまくいかないことがあっても、それで心がざわざわしちゃったら、「あーこの人のこと(この出来事)コアに入れちゃダメだわ」って思おう。わたしをきずつけるものを、わたしの人生の最深部に侵入させたりなんかしない。爽やかに生きたいと思います。

ひっそりと傷ついているナイーブな人が少しでも幸せに生きられますよう。